転職者インタビュー

自動車業界のITアーキテクトからアグリテックで注目の農業へ。 稀有な存在になった農業特化のエンジニア

自動車業界のITアーキテクトから、まったく異なる分野である農業へと舵を切った人がいます。一見、接点がないかのようなITと農業ですが、今、増え続ける世界の人口を支えていくために、世界中で農業の進化が求められているのです。そこで期待されているのが、IoTや人工知能(AI)などIT技術を農業に組み込んだ「アグリテック」。異なる分野へとキャリアを広げ、アグリテックの最前線を行く、百津さんに話を伺いました。

農業は理系の分野。ITと農業の親和性の高さに着目。

――自動車業界から農業への道を選んだきっかけは何だったのでしょうか。
もともと海外で仕事をしたいという思いがあり、IBMに入社しました。お客様のやりたいことをITで実現するITアーキテクトとして、海外での仕事もしてきましたが、振り返ってみると、10歳の頃にプログラミングをし始め、この時まで30年以上も「誰かの役に立つIT」に関わってきました。そろそろ自分のやりたいことをやってみようかなと思い始めたころ、知り合いがカンボジアで農業を始めると聞き、これまでとは違うことをやってみようかなと思い立ちました。

――もともと、農業に興味があったんですか?
農業というよりは、まず海外に興味がありました。そして「自分の経験を生かして、海外で何ができるか」の観点から考えた時、“海外で広大な土地の開墾から始める農業”が合致したんです。海外での農業は規模も大きく技術的判断が必要なプロジェクトですから、技術的な判断能力とマネジメントが必要となります。「技術的な判断やプロジェクトをコントロールする経験」は豊富でしたので、「自分の経験が役に立つ」と直感しました。

――とはいえ、「ITから農業」とは、ふり幅が大きいですよね。
農業ってとても科学的なんですよ。植物は自らの遺伝子情報に従って、化学変化を起こしながら成長していきます。そこに、生育に適した環境を整えてあげると、その通りに育つんです。科学的な観点と技術的な考え方が大事な分野で、理系の自分から見てとてもおもしろそうでした。カンボジアに行く前には、科学的な分析に基づいた土づくりと植物の生育メカニズムの資料や、トラクターを操って畑をつくる上で必要となる機械工学的な資料などを読みまくって勉強しました。

農業を飛躍的に進化させるアグリテック

――「海外で何かをやりたい」思いからスタートした農業ですが、その後、「日本で農業に関わる」ことを決めたのはなぜでしょう。
カンボジアで開墾から栽培、販売まで一通りの経験をしてみて、日本の農業に対するポテンシャルの高さに気付いたんです。水路などの灌漑設備も行き届いているし、畑と畑の間には舗装された道路があって、収穫した作物を運び出すことに苦労をしない。

そんな当たり前の日本の農業風景って実はすごいことだなと。その基礎インフラが整っている日本ですら、年ごとの収穫量に差が出たりしています。また日本の農業業界のプロセスを俯瞰してみると改善の余地がかなり残されていると感じました。それならば、製造業界の経験で得たプロセスや改善の知識や、IT技術を用いて改善し、向上させていく余地があると思いました。日本の農業はまだ世界で通用するなと。それが「アグリテック」の考え方で、現在、世界はもちろん日本でも農業に関する様々な技術革新が進められています。

――PSソリューションズが提供するアグリテック『e-kakashi』はどのようなサービスでしょうか。
田んぼや畑、ビニールハウスなどの作物を育てる「ほ場」にセンサーを設置し、温度や湿度など作物の生育に必要な様々なデータを取得・分析。集めたデータから生産者にアドバイスをすることが可能です。例えば、いちごの発育段階に合わせて、最適なビニールハウスの室温を提案したりできます。また行った作業を入力するとその時の環境データとひも付けて、栽培マニュアルとして保存することも可能です。

――これまで個人の経験に頼っていた農業の知見を集め、分析できるんですね。
栽培マニュアルは、グループで共有できます。新規就農者が、ベテランの生産者が日々行っている作業を知ることができるため、参考にして工夫を重ねられます。さらに、ビニールハウスの窓の開閉などが遠隔操作できる「Tetori(テトリ)」を発表しました。将来的には、栽培マニュアルとコンピューターやロボットによる自動制御が「Tetori」と連携すると、農業の働き方、栽培効率の向上につながっていくのではないかと考えています。

20代後半~30代後半に、まったく違うことを経験するとキャリアが広がる

――帰国後、すぐに同社に入社されたのですか?
最初、カンボジアでの起業を考えましたが、様々な観点から試算をして勝算なしと判断しました。帰国後は、別の会社に入社したものの、農業に詳しい人がいないため、何をするにも農業の解説が必要でした。それならば、農業に詳しい専門家がいる会社でITの知見を生かそうと思い、当社に入社しました。

――起業ではなく、会社の一員として進めていく利点はありますか?
自分のやりたいことや得意な部分に集中できる点です。個人だと、資金集めから事務作業、そして開発とすべてを1人でやらなくてはならず、できることには限界がある。けれども会社であれば、自分の得意領域で役割分担ができ、やれることの幅が広がります。加えて、当社は、ソフトバンクのグループ会社で資金力もあるため、様々なことにチャレンジしやすい環境にあると思います。

――今のキャリアを振り返ると、分岐点はどこだったと思いますか?
1度思いきって、今までやっていないことに挑戦したことがよかったと思っています。おかげで、「海外で開墾から農業に関わった」というレアなキャラになれました。こういった異質な経験を持っていると、同じ知識を持つグループ内で価値を発揮しやすくなります。

また、複数の業界や企業を経験することで相互比較が出来るようになることで、それぞれの良いとこどりをした組合せを考えることが出来るようになっていると思います。
とはいえ、私自身はその時おもしろいと思ったことをやってきただけです。ただ、30代半ばで「そろそろこれまでとは違うことをやってみないとヤバイな」という感覚はありました。

また、選択をするときに気を付けてることとしては、それは自分がやりたいと感じているかという点です。面白いとかやりたいという気持ちがあるとないとでは、そこで発揮できる自分の力は何倍も変わると思います。

――30代~40代に、海外や業界外など「外」に出たことでキャリアが広がったんですね。
分野、業界を選ぶ時、憧れだけでは難しいかもしれません。農業で例えるなら「自然が好き」とか、そういった感覚的な部分ではなく、冷静に俯瞰して見た時にビジネス的な魅力を感じるかどうかの観点は必要です。その点、私にとって農業は魅力的でした。

食に関する日本のブランド力は、まだ世界で通用しています。このまま何もしなければどうなるかわかりませんが、今なら日本の農業は世界で勝負できる、可能性の広い分野だと思っています。

「開墾から農業を経験したIT技術者」という、農業界においてもIT業界においても非常に稀有な存在になられた百津さん。行動の根本には、「おもしろそうだ」という好奇心やチャレンジ精神がありますが、それと同時に飛び込んでいく未知の世界を俯瞰的に見渡す冷静な視点と、きちんとした知識、着実な準備がありました。新しい分野に一歩踏み出す際の参考になるのではないでしょうか。

プロフィール
百津正樹さん(ももづまさき)
1973年生まれ。大手システム会社にて大手自動車会社グループの担当ITアーキテクトとして活躍後、一転して農業の世界へ。退職後はカンボジアで農業ベンチャーに挑戦。土地探し、開墾、農地の道路・水路・栽培フィールドの開発、栽培から販売までを責任者として実行し、キャッサバをメインとした農業生産や販売を経験する中で、農業用の管理ツールやアプリなどを開発。3年を経て帰国後、ソフトバンク系列のPSソリューションズ株式会社に入社。現在は「e-kakashi」チームで農業向けのサービス開発責任者を担当している。
取材協力
PSソリューションズ株式会社
農業を科学する「e-kakashi」 ( https://www.e-kakashi.com/)
植物科学に基づいた科学的アプローチで現在すべき作業を自動的に判断・制御する農業AIブレーン。
[気象予報とAi]手のひらの上の栽培アドバイザー「e-kakashi Ai」
農業用に応用、収集した気象情報を植物科学の知見を組みこんだAIが分析して気象災害への対策や作物の整理・病害虫の予防方法を事前に提案。必要な農作業の判断を助けてくれる。

(取材・執筆:岡崎たかこ)