転職ノウハウ

“わがまま”が貴重になる時代。「やりたいこと」ではなく「やりたくないこと」から働き方や仕事を考える

2018年1月“デフレ時代に客を呼ぶマーケティング”として話題を呼んだ「Twitterのフォロワー数で値段が変わる美容室」。今回は、人気を集める美容師としてのポジションを確立しながら、職種や業種の垣根を越えて事業展開のチャレンジを続けている美容室(R)経営者・金井亮さんに、「自分らしく働く、仕事の幅を広げるコツ」というテーマで、お話を伺いました。

“Twitterのフォロワー数で値段が変わる美容室”発想の経緯とは?

――“Twitterのフォロワー数で値段が変わる美容室”を始めたきっかけを教えてください。

最初は、“値段のない美容室”というコンセプトで始めてみました。値下げでしか集客の入り口を作ることのできない美容業界に対して、値下げ以外で選んでもらう理由を作りたかったからです。“値段のない美容室”は、お客様が感じた価値で自由に値段を決めてもらうというスタイル。ところが、必ず「平均の価格はいくらですか?」と聞かれて、それが相場の値段になっていた。これではあまり意味がないなと感じました。一般化した美容師という職種の中で生き残り、美容業界で目立つにはどうしたらいいか、モーレツに考えました。

でも、一人で考えてみてもなかなかいいアイデアが浮かばなかったんです。そんな中、異なる業界にいる敏腕編集者に一緒に考えてもらう機会を得ました。そこで企画を練る中で、デジタルネイティブの世代は常にSNSでシェアする新しいネタを探していることに気づいた。

つまり“こんな美容室行ったよ!”と、みんなの注目を集めるようなネタになればいいのではないかと思ったんです。広告宣伝費やクーポンサイトを一切使っていないので、フォロワー数の多い人にお金を渡しても費用対効果は上がると考えました。

――本当の目的は、“インフルエンサーなど、会いたい人に会えるから”だったということですが、ほかにアイデアや企画があったのでしょうか?

まず「人は、何に心を揺さぶられるのか」から企画を考え始めました。人は何に泣き・笑い・怒るのか、何に心を揺さぶられるのか。企画のプロの方とアイデアを出し合うなか、100個ほどのネタを考えたでしょうか。編集者の方が言うには、出版業界では“100万部の壁”というものが一つの基準となっており、その100万部を超えられるテーマは、友情・恋愛・家族・お金・健康・ノウハウの6つなので、それに該当するテーマを選ぶとよいのではないかと。そこでテーマをこの中から選ぶことにしました。恋愛分野で“美容師とあいのり?”なんて企画も考えましたが、最終的には1億人の大衆の心を一番動かすと思えたテーマで“お金”にしました。

全国に美容室30万軒、美容師50万人という美容業界。現在、業界の垣根を越えて活躍する人が増加?

――大学では建築を学ばれたそうですが、なぜ全く畑違いの美容師という職業に就かれたのですか?

20歳から70歳まで働くとして、「働く」ということを改めて考えたんです。50年という月日は、高校生が3年間とすると高校生活を17回分労働することになります。そう考えると、例え「好きなこと」を仕事にしたとしてもきついなと思いました。何度も辞めたいと思う瞬間が来るんじゃないかなって。そこで、考え方を少し変えて、まず、「社長など主導権を握れること」「電車に乗らないこと」をベースにしました。そこで手に職をつけ、独立して経営者になり、電車通勤せず地元で働ける美容師という職業にたどり着いたんです。

――すでに“人気を集める美容師”として、有名人のヘアメイクを担当したり、都内で数店舗サロンを経営されていますが、飲食店や動画編集の制作会社など他業界にも仕事の幅を広げられているのはなぜですか?

50年近く働くことを考えると、一つの仕事だけでは生き抜くことはできないのではないかと思ったんです。最近では企業で副業解禁の流れがあるように、複数の仕事を持つことが当たり前の時代がくるんじゃないかと。今後は「業界の壁」みたいなものがなくなるだろうな、という思いもありました。

それに、人はひとつの業界にいると思考が凝り固まってしまいます。例えば美容業界のことしか知らない人は、実は美容業界の実情が何もわかってない。まさに、「井の中の蛙大海を知らず」の状態です。外の業界を知ることで、「自分のいる業界がどんな構造をしているか」「変わったこと・変わらないことはそれぞれ何か」など、客観的に見ることができます。

そして、今はインターネットの進化で「業界なんか関係ない」と証明しながら働く人が出始めている。本当は“働く”って、なんでもアリなんだとみんな気づき始めているんではないでしょうか。

基礎や基盤、自分の軸となるものがあるから、未経験の分野や未知の業界へもチャレンジして仕事の幅を広げることができる

――「ひとつのことでプロになるのに1万時間必要」という法則を聞いた事があるのですが、その話からすると、最初は長く続けられると思える「好きなこと」でその道のプロを目指すということでしょうか?

そうですね。僕もその法則は正しいように思います。1万時間というと一日8時間、週休二日で20日出勤としても5年くらいになります。誰でも1万時間やれば、なんらかのプロ級にはなれる。初めは行動だと思うから質より量をこなし、続けていくうちに“質”が分かってくるんですよね。だから、ここの積み重ねは外せない。違うジャンルにチャレンジするには今までの分野でプロ級になっていることが大事だと思います。

僕の場合だと、まず美容師としての質を確保して、基礎や技術がしっかり身についているからこそ、その中で抜きんでるために新しいアイデアにチャレンジできるし、枠を広げられるのだと思います。逆に今は好きなことしかやれないなとも思っています。

――1本縦の軸(手に職をつけ、技術がある)があるからこそ、横軸を自由に広げられるということでしょうか?

そうですね。ひとつの世界でプロになったからこそ、未知なる世界に飛び込めるんだと思います。僕の場合は独立して経営者になったからこそ、他の業界の経営者の方たちと知り合えて飲食業界などにも進出できた。

そして今回、美容業界で目立ったことで、「記事を書いてみないか?」という思ってもみなかったオファーまでいただき、ライター業界というものを知ることができました。「自分にしかない価値を作るにはどうしたらいいか?」と考えたとき、まずは1つのことでプロ級になる。そして、更にもう1つ何かでプロ級になる。容易なことではありませんが、そうすれば、業界の枠を越えて掛け算をすることができますよね。

ただ、「何者かになる」というのであれば、何かひとつ突き抜けるものがないと横展開は難しいと思います。基礎を全く無視して一流になった人なんて見たことがない。たとえ運よく一度うまくいっても、その状況は長くは続かないんじゃないでしょうか。何でも手あたり次第に中途半端にやるというのは違うと思いますしね。

――職業観、あるいは“ひとつの職業に縛られず働く”というご自身の価値観についてお聞かせください。

美容室の床に落ちた、カット後の髪の毛でアート作品を創り、SNSにアップしました。それが評判になり、“変なことをやっている美容師”というポジションが取れた。例えばイス取りゲームで、もう空いているイスがなければ、まだないイスを創ればいいというようなことだと思います。

僕はイラストを描くことも好きなので、将来はイラストに関わる仕事にも挑戦してみたい。ただの美容師よりも記事の書ける美容師、イラストの描ける美容師のほうが、付加価値がついて需要が高まると思うし。

――どうすればそうした“広い視野を持った行動“ポジティブな発想”ができるようになりますか?

どんな仕事をするにも最初はみんな未経験からのスタートです。中には、一つの成功に至るまで99の失敗を繰り返している人だっている。

挑戦している段階で失敗しても命がなくなるわけではないんだし、失敗したら何度でもやり直せばいいと思うんです。僕はこの“Twitterのフォロワー数で値段が変わる美容室”をやったことで、フォロワー100万人インフルエンサーなど、普通なかなか会えない人たちと会うことができました。彼らの話を聞くだけでも大きな価値があり、自分にとって良い影響を受けています。

「自分らしく働く」とは、思い込みを捨てて、失敗してもネタにすればいいという逆転の発想

――金井さんは仕事において「空気は読まない」「気にしない力」「人生まるごとコンテンツ」というキーワードを意識していらっしゃるそうですね。

「空気は読まない」とは、「空気なんか読んでいたら、本当に空気になっちゃう=いなくても同じになってしまう」という考え方から来ています。空気を読むことは簡単で、パッと見て人数の多いほうに行けばいいんですけど、そんなことに価値なんてない。だから徹底的に「空気を読まない」ということを大事にしてます。

「気にしない力」は、世間でいう「普通」の型にはまっていないと不安で、「社会的にこうするべきだ」と無理をしている人にこそ身につけて欲しい処世術。これは、他人からどう見られようと気にしないという力=“いい加減力“とも言えます。それが自分らしく働くという上ですごく大切なんじゃないかと。

また、「人生まるごとコンテンツ」についてですが、人は新しいことや未知の世界にチャレンジするとき、「失敗したら、辛い目にあったらどうしよう?」と心配して躊躇しますよね。でも、「行動して遭遇した失敗やつらい出来事も、ネタにしてしまえば生産性のあるビジネスに変えることだってできるよ」という逆転の発想です。そう考えたら失敗にも価値を見出すことができます。僕も辛いことがあった時、仲間からのこの言葉で随分と救われました。

「何をやりたいか」より「何をやりたくないか」で、働き方や仕事を選び行動する

—–働くことに対する思い込みに縛られて、自分が何に向いているかわからない、転職で悩んでいる方々へアドバイスをお願いします。

権利主張が強すぎたり、お金や待遇のことばかり考えていたりすると、どんどんエスカレートして働くことに確実にネガティブな発想になります。「これはこうあるべき」とか考えてしまって、しがらみから抜け出せなくなってしまうんです。けれどもそれは全て思い込み。

そんな先入観に縛られる必要はないんです。やりたいことがプライベートにあるのなら、そのためのお金を集める手段として仕事を捉えてもいい。できない理由を探さず、やりたいことがある人はそれに向かって突き進めばいいんですよね。

これからは“わがまま”が貴重になっていく時代。もしもやりたいことがないのなら、“やりたいことを仕事にする”という枠すらはずして、人数の多いほうに行ってみてもいいと思うんです。そして、もう1つ大切なことは情報収集。今はネットでいくらでも情報が入手できる時代ですから、知らないこと、情報に疎いことが命取りになると思っています。

人生の主導権はいつだって自分にある。いま、もしやりたくないことをしているなら、いつだって辞めていいし、納得いくまで何回でも転職して、自分が「これ」と思えるような働き方、生き方を自由な発想で探したら良いと思います。

プロフィール
金井 亮(かない りょう)
美容師。大学では建築学科を卒業しながら、美容師の道へと進み、27歳で独立して八王子に自分の美容室『(R)』をオープン。2017年、表参道で『フォロワー数で値段が変わる美容室』のサービスを開始。業界の枠を越え、Twitterを中心に大きな話題に。現在は、都内で数店舗サロンを経営する傍ら、スポーツバーや飲食店など幅広く事業を展開したり、髪の毛で肖像を描くヘアカットアートなどクリエイティブな一面も注目されている。
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(取材・文 田中裕子)