転職ノウハウ

「人を笑わせるのが自分の使命」稀代のおもちゃクリエーター 高橋晋平氏の原点

割れものを包むクッションとしておなじみの気泡緩衝材。人はそれを目にすると、なぜか無性に“プチプチ”潰したくなる。そんな衝動を受け止めてくれるキーホルダー型のおもちゃが「∞(むげん)プチプチ」。2007年に発売されるや、累計335万個の超ヒット商品となり、日本中に大ブームを巻き起こす。その生みの親のおもちゃクリエーター、高橋晋平さんの思考回路を覗いてみました。

体が弱く人前でしゃべれない。笑いとは程遠かった18年間

――おもちゃクリエーターって、いったいどういう仕事ですか?

それを説明するには、まず僕と“笑い”の出会いからお話しさせてください。生まれは秋田県で、物心ついた頃から体が弱く小1で心臓が悪いと言われて激しい運動を禁止されました。その結果、もやしっ子となり、プラス、気も弱くて、人見知りで、冗談の一つも言えず、人前ではしゃべれない。挙句の果てには腕っぷしの強い子にいじめられる。そんな小学生でした。高校時代には地元のスーパーで不良にカツアゲされたこともありました。

――凄い経歴ですね。そんな過去をお話しされて大丈夫ですか?

この経歴はこの後でお話しする“笑い”の本質につながりますので、よく覚えておいてください。

――はい、分かりました。

そんな“痛い”目にあってきた僕が唯一、自分を保つ取り得は成績がよかったことです。勉強は特に好きではなかったけど、やればやった分だけ結果が出る。それが凄く楽しかったですね。運動もできなければ、モテもしない。友達もいなければ、不良にやられる。そんな暗い18年間を過ごしてきましたが、成績がよかったので地元、秋田を離れて仙台の国立大学に入学。すると、僕の過去を知る人が誰もいない。これは千載一遇のチャンスだと思い、大学デビューを果たしました。

逆転を賭けた下心。モテたい一心で落研に入部

――「時は来た!」ですね。

一度でいいから、モテてみたい。一度でいいから、イケてる奴と言われたい。そんな願望がたまりにたまって、サークル活動にすべてを賭けたのです。そこで選んだのが落語研究部。いわゆる“落研”です。

――なんか、モテたいわりには地味なサークルに…。

当時はお笑いブームで、お笑い芸人さんがアイドルのようにモテた時代です。それを見て、「一番モテるのはお笑いだ!」と思い、大学で唯一のお笑いサークルの落研に入部。すると、巨大な大学なのに部員がわずか6人しかいない。しかも女の子はたった1人のみ。

――目論見が外れましたね。

それでも、面白くなりたい、モテたい一心で一生懸命に練習に励みました。週に1回、指導を受ける以外は、落語のテープを聞いて暗記し、壁に向かって一人で黙々と話す練習です。しかも、その落語の内容が凄く暗いんですよ。ある日、慰問先で落語を披露したのですが、暗いながらも元気にやれば面白くなると考え、ガチガチに緊張して震えながら、「なんでだよ!」なんてやっていたら、クスッとも笑いがおきません。ついには客席がシーンとなって、「この子、かわいそうだ」という痛々しい雰囲気に包まれました。

2年間すべり続けた末に、“笑い”の本質に気づく

――メンタルが強くないとこたえますね。

それから2年間。ただの一度も笑いは起きません。でもそんなの関係なく、人前でやるのが楽しくなり、どんなにすべり続けてもどんどんのめり込んでいきました。そして、ついに3年目に客席からクスクスと笑いが起きたのです。

――いったい何が?

素の自分を出して不幸な話をしたら、それが受けたんです。「昨日、穴に落ちました」と言っただけで、初めてクスクス笑いが起きました。僕、身長が183㎝あって痩せているもんだから、ひょろひょろして見える。しかも、ボソボソしゃべって暗い。暗いのが無理して明るくやっても、見る側は面白くないんですよね。その瞬間、笑いとはこういうものだと勘所が分かりました。

――“笑い”の本質に気づいた瞬間ですね。

最も苦手なことができるようになり、そのギャップが嬉しくて仕方ありません。それから、まるで取りつかれたかのように人を笑わせることに夢中になり、「オレには才能がある!」と思い込み、「人を笑わせるのが自分の使命」と奮い立ちました。そして、自分の知恵や思考を人を笑わせるためにすべて使いたいと考え、就職先を探したのです。ネットで「笑い」「面白い」などをキーワードに検索したところ、ヒットしたのがおもちゃの㈱バンダイでした。

「会議に爪あとを残す」と誤った認識の第1期“痛い”時代

――ここで“おもちゃ”との接点ができるわけですね。

大学は工学部でプログラミングなどを勉強していたので、もともとはプログラマーやエンジニアになるつもりでした。だけど、お笑いに目覚め、就職先を探していた時に不意に現れたのがバンダイという会社。そこで、どんな会社なのか調べたところ、人を笑わせる物作りができる会社だと分かりました。「よし、ここしかない!」とエントリーし、入社。実際、就職試験を受けたのは、ここだけでした。そして、意気軒高に入社したものの、出す企画がことごとく通らず、2年間すべり続けることになります。

――またもや、“すべりの2年”とは!

この最初の2年間。僕は「会議に爪あとを残す」という思いで仕事に取り組んでいました。人を笑わせられるおもちゃを作ろうという意識で仕事をするものの、その笑わせる相手が身近な存在の、会議の席での上司や先輩だったわけです。「こいつ面白い奴だなぁー!」と思ってもらえるように、シュールでわけの分からない企画ばかり出していました。例えば、10本のボウリングのピンの頭に元彼の写真を付け、それをボールでぶち倒して過去の恋と決別する「元彼ボウリング」とか。面白ければ笑わせられると誤解していたため、当時の僕の企画する商品にはどれも“世間に売る”という視点が欠けていました。でも、「面白いから売れる」のではなく、あくまで「面白くて相手が欲しがるから売れる」が正解なんですよね。

――アイデア自体は凄いインパクトですね。

でも、この後でヒット商品が生まれます。アイデアって「質より量」の側面があるんですよ。さらに、すべってもいいとか、間違ってもいいとか、そういうマインドがないと、絶対に新しいものって出てきません。ネットで検索すれば何か答えめいたものが見つかる現代、それだけに頼っていると、それ以外の可能性に挑戦しなくなりますからね。僕は検索に頼ることなく2年間すべり続けたことで、すべることが全然痛くなく、むしろおいしく感じるようになりました。僕は2年間、何もできなかったからこそ、それに気づくことができたのです。

「ネットでバズったら勝ち!」と誤解した第2期“痛い”時代

――すべり続けたことで、ひと皮むけました。

それが、次に第2期「“痛い”時代」がやって来るのです。企画の通し方が分かってきた僕は、そこをクリアしながらワンランク上のふざけた商品を作りまくりました。どうすれば受けるのかが分かってきたため、リリースを出す際もネット上での反響の起こし方まで緻密に計算し、商品を手がけていきました。でも、ネット上でバズって、「やったぁー、大成功だ!」と大喜びしたものが、店頭に並ぶと思うように売れません。

――それは“痛い”。

ここで学んだのは、「“バズる”と“売れる”は、あくまで別物」ということ。それもそうですよね。ネットは無料で見て、面白がっているだけだから。じゃあ、それを1000円出して買うのかというと、ネットで盛り上がっている人たちは、まず買わないんですよね。そもそも自分はそれを買うのか? これまで、“作り手”の自分と“買い手”のお客様を分けて考えていましたが、自分も仕事を離れれば普通に買い物をする“買い手”ということに、ふと気づいたのです。

――「自分も買いたい」というのが最低条件なわけですね。

以降、「はたしてこの商品を自分は買いたいのか?」と厳しく考えて商品開発に取り組むようになりました。そんな中で生まれたのが、僕の手がけた最大のヒット商品の「∞プチプチ」です。このおもちゃは商品力に絶対の自信はありますが、それ以上に関わってくれた皆さんが売ってくれたおかげでヒットした商品です。でも、自分で何個も買ってまわりに配りたいと強烈に思った。それほど魅力のある商品でしたね。

「頭のいいことを言い出す」第3期“痛い”時代

――いよいよ成功のお話ですね。

それがこの後、とどめの第3期「“痛い”時代」が訪れます。キャリアを積み、肩書が付いて部下もできると変に器用になり、いろいろ“頭のいいこと”を言い出すようになるのです。「いまの時代はこれが売れている」とか、「これが足りない」とか。すると、まただんだん売れなくなるんですよね。原因は、自分の欲求が二の次になってしまっていたこと。優れたマーケッターなら世の中のニーズをきちんとまとめられますが、僕には無理でした。でも、自分が買いたいと思った商品は、まず売れます。その時、「こういう仕事って最高だよね!」と、自分の中の秘めたる思いに気づいたのです。すると、どうしてもそれを突き詰めたくなり、会社を辞めて起業の道を選びました。約10年間在籍した会社には、本当に感謝しても感謝しきれません。

親子で楽しんでほしい「職業診断ゲーム わくわくワーク」

――独立して手がけられた商品を教えてください。

いろいろありますが、中でもいち押しは最近、発売になった小学生向けカードゲームの「職業診断ゲーム わくわくワーク」(日本ファイナンシャルアカデミー㈱より発売)です。これは100%遊びのゲームを通して生きたお金の使い方を学び、自分のやりたいことに気づいて、それに適した職業を知ることができるもの。大人も楽しめる内容になっています。おもちゃクリエーターとしてこれまでの体験をフルに生かした、渾身のゲームです。数々の“痛い”体験をしてきたからこそ、笑いを交えて伝えられるものがあります。

「痛い」という言葉は、現代ではマイナスの意味で用いられますが、もともと「痛い」は「はなはだしく立派」といったプラスの意味も持った言葉だそうです。これから新しいものを作ろうと考えている方には失敗を恐れず「痛い」人間であってほしいですね。

プロフィール
高橋晋平(タカハシ シンペイ)
1979年11月14日、秋田県北秋田市生まれ。㈱バンダイに約10年間勤務し、「∞プチプチ」など、数々のヒット商品を世に送り出す。2014年に独立し、㈱ウサギ代表取締役に。著書に「∞アイデアのつくり方」(㈱イースト・プレス)、「一生仕事で困らない 企画のメモ技(テク)」(㈱あさ出版)などがある。

(取材・文:印束義則)