転職ノウハウ

エリート会社員から負債40億円の会社社長へ。 どん底を支え、黒字回復を実現した「ネガティブ認知」とは?

順風満帆のエリートビジネスパーソンが一夜にして多額の負債を抱えた会社の社長へ。突然、亡くなった父から引き継いだ会社は銀行から「負債の返済に80年かかる」と言われる絶望的な状況。催促状が段ボール箱一杯あり、催促の電話でひっきりなしのどん底にありながら、会社の負債を16年でほぼ完済、経営再建を果たしたのが、神奈川県下で飲食店を経営する株式会社ユサワフードシステムの湯澤社長です。自らを「小心者」と断言する湯澤社長だからこそ実現できたという、逆境からの大逆転劇の顛末を伺いました。

当時は借金返済ではなく、被害を最小限に倒産しようと考えていた

――会社の社長になる転機を教えてください。また、当時の会社の様子はどうだったのでしょうか

会社を継ぐまでの12年間、キリンビールの海外事業部で勤務していました。辞める直前までは、いわゆるエリートコースを歩み、海外への赴任も度々あるような順風満帆の生活を送っていたのです。ところが36歳になった時に、会社経営をしていた父が突然亡くなりました。父がどんな経営をしていたのか、会社の内情や経営状態などは全く知りませんでしたが、いざ蓋を開けてみたら40億円の負債があることを知って、驚愕しましたね。当時の年商が20億円くらいで単純に計算すると2倍。普通ならとっくに破産してもおかしくないレベルだと言われました。

――途方もない負債だと思うのですが、その時の心境は?

正直な話、相続放棄もできましたが、正社員90人、アルバイト300人の従業員たちをいきなり放り出すわけにはいきませんでしたし、父と必死になって会社を切り盛りしていた母のことを考えると、簡単に倒産にはできませんでした。加えて、関連会社の連鎖倒産もある。そこで、急に倒産させるのではなく、被害を最小限にして倒産という形にしようとしました。当時は借金を返せるとは到底思わなかったです。被害をどこまで抑えられるか、だけを考えていました。

――社長に就任してからはどんな日々を送っていましたか

支払いの催促や借入金の処理などの対応に加えて、営業中にも関わらずお店を閉店にするなど社員のモラルも低下していたため、店舗の立て直しも必要。ですから、社員の前で大々的に「今日から社長になります」と宣言して就任したのでなく、最初は目の前の、やらなくてはいけない手続きなどを誰もやる人間がいないので、代表として自分がやるしかない、という気持ちで淡々とおこなっていました。精神的にも辛くて大変追い込まれていましたね。先の見ない絶望感で一生笑うことなんて出来ない、この世から居なくなってしまいたいという衝動も当時はありました。

「チャレンジノート」と「破産計画書」を書くことで、最悪の状況を冷静に受け入れられた

――辛い状況下で、どんなことを実施したのですか?

どこからどう見てもどん底の状態。ただ、あがこうとうするのではなく、この状況を理解し受け入れると、不思議と「これ以上、落ちることはない」と覚悟が決まりました。小心者である私は、悲惨な状況の中では不安や心配事、焦燥感ばかりが、どんどん肥大していってしまう。そこで、紙に書いて問題の大きさを客観視しようと考えました。それが「チャレンジノート」です。

「チャレンジノート」に感情を吐き出して書く。ストレスが強くなると、視野が狭くなり、必要以上に問題を大きく捉えてしまう。問題を「チャレンジノート」に書いて視覚化すると、「過度に考えすぎだな」「最悪死にはしないからなんとかなる」という感じで気持ちを落ち着かせることが出来ました。

次に破産したら何をすれば良いのかをまとめた「破産計画書」を書きました。この中で従業員のこと、自己資産、弁護士費用などを洗い出してから視覚化して経営の計画を立てていきました。そこからは結果を気にしないで、まずは5年間だけ頑張ってみようと決意し、日めくりカレンダーを見ながら毎日、その日やることだけをがむしゃらにやってきました。

――ゴールでなく過程を大切にして、まずは5年だけ頑張ると考えたのはなぜでしょうか?

だって1億円返してもまだ39億円あると考えたら途方もないですよね。やり遂げる自信も到底ないですし、ゴールを先に決めちゃうと心が折れてしまうのでこういう結論に至りました。どのみち倒産するのなら、まず5年だけ頑張ってみようと、それで結果を見てから破産しようという結論を出しました。

5年に根拠はありませんが、期限を決めることで、あと何日頑張ろうと諦めずに続けられたと思います。目標値ではなく、期限を決めることで結果よりもプロセスに集中できたのが私にとっては良かったのかもしれません。

仕事に限らず、目標があってなかなかうまくいかない時って、焦ってしまうし精神的にもずっと辛いままですよね。そんな時は思考を変えて、まずは一定期間、頑張っていくと決めてしまった方が、いつかやり続けていくうちに結果に結びつくこともあるんじゃないかと思いました。

――大変な状況なのに。冷静に、計画的に行動されているなという印象を受けたのですが?

自分が小心者だからだと思います。小心者の人って失敗したくないという気持ちが人一倍強いですから、細部まで考えて準備をしっかりとします。会社の経営者で豪快な性格の人が成功しているケースも時々聞きますが、自分は真逆ですね。いつも人の顔色を伺って常に心配しています(笑)。

――問題を視覚化して冷静を取り戻す方法は、悩みを抱えている人にとって効果がありそうですね

はい、おすすめです。私は日記も日頃から書いていますが、それとは別に「チャレンジノート」も手元に置いて、すぐ書けるようにしています。「チャレンジノート」を活用する際のポイントは最後に必ずポジティブな言葉で締めくくって、不安や恐怖心から心を落ち着かせます。

――「チャレンジノート」を書くことによってご自身の変化等はありましかたか?

書いている最中はとても感情的になっているので、冷静ではないのですが、書き終えて見返してみるときは客観的に見てみます。そうすると自然に気持ちが少し楽になります。叫んで発散出来ない代わりに殴り書きをする感じです。

それから書いた内容についてじっくり見返してみるのですが、自分が弱い部分や苦手な部分がわかってくるので、性格の傾向も把握できるようになりました。十数年前に経験した店舗の食中毒の件が明るみになった時は、かなりパニックになり落ち込みましたが、このノートのお陰で精神的に救われた所もありました。

無理にポジティブに考えない。今の状況、そして自分を素直に受け入れること

――ご自身を「小心者」とおっしゃっていますが、小心者ってネガティブなイメージですよね?

世間だとそう思われていますよね。最初は自分も同じ考えでした。自覚し始めたのは小学生の時からで、認めるまではそんな自分を隠そうとして空手をやって強くなろうとしたり、圧迫研修を受けてみて訓練しようとしたりしました。

格好もちょっと強面風なイメージにしたこともありますね。でも会社員を辞めて「自分は小心者です!」と言おうと決めてからは、自分を強く見せてプレッシャーを感じることがなくなり、素の自分をさらけ出すことが出来て楽になりました。そこから小心者だからこその長所は何だろうと考え、弱みを強みにして生かしていこうと決めました。

――では逆に、ご自身の強みとは具体的にどんな部分だと思いますか?

ナイーブで感受性が強く繊細な部分です。常に他人との関係を気にしているので、先読みをするクセもありますし、用意周到で柔軟性もあります。柔軟性の部分に着目すると、どんな状況でもフィットすると言う強みを持っていますよね。良く真逆の言葉でポジティブシンキングというワードを見聞きしますが、大変なときでも大丈夫だ、と思うようにする考えはちょっと違うのかな?と思うのですよね。というのは、まずは自分の置かれている状況を受け入れた上で最大限、何ができるかを考えていくことが大切じゃないかと思うからです。

――小心者だと苦境に立った時に心が折れてしまうというイメージがあるのですが?

おっしゃる通り、一度落ち込んだら不安だらけになりますね。自分の場合は置かれている環境が異例かも知れませんが、どん底の状態でもなんとかなるって「チャレンジノート」を見返して思うようにしています。つらくなった時は、結果はどうであれ、こんなに最悪の状況でも過去のことになったな、良くも悪くも時間が解決してくれるのだと考えるようにしています。それと同時に過去に起こったことに対する反省や次回の課題へ活かすことも忘れません。

――社長になってから今まで、自分で成長したなというところはありますか?

会社を経営していく中で、小心者としての長所があったから、自分はこの仕事を正しく遂行することができるという「自己効力感」を高めることができて、ここまで来られたのかな?と考えが変化してきました。

経営する人間こそ、お客様のことを第一に考えないといけないので、常にお客様からどう思われているのだろう?と考えています。これも小心者の長所ですよね。それから、働いている社員からもどう見られるかな?と常に気にしています。会社を経営していく上で、人は財産だということも気付きました。どんな時でも社員は一生懸命に頑張ってくれている。怒ることもあるし、うまくはいかないこともたくさんありますが、社員がいたからこそ、ここまで来れたという感謝はありますね。

また、自分の今の現実をしっかりと受け入れて、何ができるか客観的に見ること。私のケースで言えば「ネガティブ認知」。ポジティブシンキングとは逆の考え方です。ネガティブ認知をした後に自分ができる最善の方法を考えていくというピンチをチャンスに変えていく思考に自然となっていきましたね。これはチャレンジノートを書いているからこそ発見し、最悪な状況が起こっても前向きに行動する、いつかは解決できると学んできたことです。

もし、失敗やトラブルなどでネガティブに支配されるようなことがあった時には、ぜひチャレンジノートを書いてみてください。恐怖や不安などの感情を吐き出すことで、課題はなんなのか、何をどのようにすべきかが冷静に見えてきます。そして、まずは行動してみる。そうすれば光が見えてくる。自分が望んだ形ではなかったとしても、必ず前に進めますから。

プロフィール
湯澤 剛(ユザワ ツヨシ)
1962年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、キリンビールに入社。
国内の営業、医薬事業部門の海外勤務などを経て36歳まで勤務。1999年に会社社長だった
父親が逝去し、当時40億円もの負債があった倒産寸前の家業を継ぐことに。16年かけて40億円もの借金を返済し、現在では神奈川県下で海鮮居酒屋等、飲食店を経営。
自伝を書いた著書 『ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。(PHP研究所)』がベストセラーとなる。
取材協力
株式会社 ユサワフードシステム
URL:https://www.yusawafs.co.jp

(取材・文:千葉英里)