転職ノウハウ

20歳で牧場の4代目に!エンタメ×牧場で注目をあびる若き酪農家に聞いた“地元で働く魅力”

酪農家須藤健太さん

牛柄のシャツで大道芸を披露する青年、実は100年続く牧場の4代目なんです。20歳で家業を継いだ彼が、酪農にもっと興味をもってもらうために選んだツールはエンターテイメントでした。大道芸や劇などのエンタメで酪農を盛り上げたいと活動する須藤健太氏に、話を伺いました。

エンタメは酪農に興味をもってもらうためのコミュニケーションツール

大道芸人須藤健太さん

――まずは経歴を教えてください。
僕は1993年生まれで、今年で26歳。高校までは地元で、卒業後は北海道の農業専門学校へ2年間通いました。20歳で地元に戻って、家業である牧場を継ぎ、現在は牧場の仕事をしながら、大道芸や演劇もやっています。

――酪農と大道芸、全く関係のないように思えますが、どうしてこういった活動をしているのでしょうか?
大道芸や演劇などのエンターテイメントって本当に優秀なコミュニケーションツールで、人を惹きつけるのにぴったりなんです。僕は、酪農に興味をもってもらうためにこういった活動をしています。もともと表現としてのエンターテイメントに興味があって、高校生の頃に役者の勉強をしていたことも影響しているんでしょうね。

大道芸をはじめたきっかけは、地域のマルシェ。牧場の商品をもって出店していたら、あるとき野外ステージでなにかやってくれと言われたんです。そのときは役者のスキルしかなかったので「酪農のことをずーっとしゃべる」だけのステージでした。でもあまり盛り上がらなくて……(笑)。
そのあとに、地元の大道芸人さんが出てきたんですが、ワーッとすぐに盛り上がったんです!それを見て「人を惹きつけるにはコレだ!」と、大道芸を学ぶことにしたんです。

父が「仕事には相互理解が大切だ」と言っていたこともあって、僕は情報発信以上に対話を大切にしています。でも、興味をもってもらえないと何もはじまらないと思うんですよ。相手に興味をもってもらうことで対話が生まれ、それから理解をする。

大道芸はそのきっかけづくりです。酪農家である僕の大道芸を見て知ってもらって、酪農や牧場を身近に感じて、最終的に酪農に興味をもってもらえたらと思っています。今日着ている牛柄のシャツや牛柄のネクタイ、大道芸の小道具に牛のモチーフを使うのもその一環です。大道芸のスキルはまだまだですが、実際に地元での僕や須藤牧場の認知度は上がっていると思います。他の酪農家さんとはちょっと違うことをしているので、新聞などで取り上げてもらったことも。牧場で大道芸のジャグリング体験を企画したりして、牧場へ来てもらえるきっかけづくりもしています。

――演劇も酪農に関連したものをやっているんですか?
牧場で演劇
はい。牧場でやっている酪農体験のレクチャーにお芝居の要素を取り入れているのですが、それも興味をより深めるため。あと、兄とやっている「劇団 須藤兄弟」で毎年5月に牧場の敷地内で演劇の公演を行っていて、これも酪農や農業をモチーフに、ユーモアや大道芸を取り入れた内容にしています。牧場で演劇をやるという珍しさもあって、大勢の方に足を運んでもらっています。2018年には有料公演で300人以上に見に来てもらえました。

そうやって興味を入り口に、酪農のことを知ってもらう・意見をもらう、というのが目標です。情報の発信だけではなく、対話することで相互理解が進んで、酪農の未来もどんどん楽しくなるんじゃないかと思っています。あと、僕は人の笑顔が好きなので、大道芸を見て笑ってくれたり、劇を見て楽しんでもらえたりするのは、単純に嬉しいですね。いろんな人と仲良くなれてつながることができるのもコミュニケーションができている証拠。エンターテイメントの魅力ですね。

家業を継ぐという想いが自分の引き出しを増やすきっかけに

4代目酪農家の須藤健太さん

――酪農への相互理解を独自のやり方で進める須藤さんですが、家業を継ぐと決めたのはいつごろだったんでしょうか?
兄と姉がいるのですが、ふたりとも家業を継ぐ感じではなくて。漠然とですが、僕が継がないと牧場が無くなる、と小さい頃から思っていましたね。小学6年生の将来の夢は「牧場を継ぐ」でした。

――家業を継ぐことに抵抗はなかったですか?
抵抗というか「家業を継ぐのは嫌だ」と思ったことはありません。ただ、中学生から高校の頃は色々なことに興味があって、小説を書いたり、フラメンコを習ったりしていました。
先ほども話しましたが、演劇にも興味があったので、高校に行きながら東京の俳優ナレーター養成所へも通いました。高校も、近くに農業系の高校があるのですがそこではない高校の普通科を選びました。教師に憧れていた時期もありましたね。

当時、僕の中には「牧場の仕事をする」というのがまずあって、その上で自分のやれることの選択肢を増やしたい、自分の引き出しを増やしたいと思っていたんですよね。

――ご両親から家業を継ぐことを言われたりはしなかったんでしょうか?
実は、一度も「家業を継げ」とは言われなかったんです。でも「牛の世話を手伝いたい」と言ったときには喜んで手伝わせてくれるような両親でした。父は職人肌で、9年間一度も休まず仕事を続けるほどの根っからの酪農家。その一方で、子どもが「やりたい!」と言ったことはやらせてくれて、家業には関係のないことでも全力でバックアップしてくれました。

故郷や家業があるということは、他の場所よりもアドバンテージがあるということ

須藤健太さんとご家族

――故郷で働くことのメリットは感じていますか?
自分の故郷で働くことは、アドバンテージがあることだと僕は考えます。その場所のいいところも知っているし、問題点も知っている。酪農に限ったことではないですね。心理的地盤ができているので、その分仕事に注力できたり、フットワークが軽くなったりすると思うんです。

――実際に、牧場の仕事でもメリットを感じますか?
酪農
感じます。牧場にはにおいや鳴き声がつきもので、経営していくには地域の理解が必要なんです。うちの牧場は昔からやっているし、両親が酪農体験を以前から積極的に受け入れていたこともあって、地域とのつながりができている状態。歴史があり、こんな風にすでに地域になじんていることは大きなメリットです。たとえば、どんなに酪農のスキルがある人でも牧場を一からはじめようと思ったら、まず場所探しがかなり大変だと思いますね。

地方でできないことは、都会でもできない。すべては自分次第。

須藤健太さんと牛

――東京など都会へ出たいと思ったことはないですか?
東京は博物館など文化的な施設がたくさんあってイベントも面白いものが多いので、遊びに行くのは好きですが、仕事を東京でしたいと思ったことはないですね。

今はインターネットが発達しているので「都会でないと!」という考え方は少なくなってきているのではないでしょうか。それに、地方でできないことは都会でもできないと僕は思います。やる気や実力がなければ、どこだってやりたい仕事をやるのは難しいんじゃないかと。最後は自分次第かなと思います。

――なるほど。今後、やりたいことはありますか?
たくさんあります(笑)。
たとえば牧場では、HACCP農場の認定取得を準備しています。これは、牧場の仕事をシステム化し、牧場で生産されるものの良さを客観的に分かりやすく伝える戦略の一環です。

それから、須藤牧場には「COWBOY」というカフェがあり、商業施設にもお店を構えています。その店の牧場の牛乳とソフトクリームを使った「生シェイク」を使って地域のお店ごとに違った味の生シェイクを開発したいなと。100種類くらいバリエーションをつくりたいですね。フルーツはもちろん、甘酒や味噌もあうんです。あとは、牧場の劇も継続し、活動範囲を大きくしていきたいです。

――最後に、都会での仕事と地元の家業とで悩む人へメッセージをお願いします。
人生の考え方は二種類あって、「こう生きたい」という長期間的倫理観と、目の前の状況を考える短期的倫理観があると思います。短期的倫理観は色々あっていいと思うんですが、短期的なものと長期的なものをうまく切り分けられないと、悩みが大きくなるんじゃないかと思うんですね。

まずは長期的倫理感をしっかりもって、最終的にそこに到達できればいい。道筋はたくさんあると考えられれば、悩みはきっと小さくできます。都会に出るか地方に残るかという悩みも、そんな考え方をしてみたらいいんじゃないかなと。僕も、自分なりの酪農へのアプローチでいいんだと思ってやっています。

あとは、自分の一瞬一瞬の心の動きも大切にしてほしいですね。プラスでもマイナスでも心が動いたことを感じながら生活できれば、自分だけの人生が歩けると僕は思っています。

(取材・文:フジイミツコ)

プロフィール
須藤 健太(スドウ ケンタ)
1993年千葉県館山市生まれ。
20歳で家業である須藤牧場を継いだ4代目。
牧場の仕事をしながら、酪農の魅力を大道芸や演劇で伝える活動も行っている。
須藤牧場HP http://sudo-farm.com/