転職ノウハウ

「人生楽しかった」と言えるかが判断軸! 野球の世界から地域に愛される”小さな漁村のカフェ” のオーナーへ

高瀬智弘さん
千葉県鴨川市太海(ふとみ)ーー「小さな漁村」という言葉がぴったりのこの町に一目ぼれし、プロ野球球団職員からカフェオーナーへ転身。地域のファンを作るために開発した地元名物とローカルビーチをブランディングし、実績を積み続ける高瀬智弘さん。そのバイタリティあふれる第二の人生について話をうかがいました。

ポテンシャルを秘めた小さな漁村に一目ぼれ

高瀬智弘さんと太海
――まずは高瀬さんの経歴を教えてください。
出身は三重県で、学生時代はずっと野球に打ち込んでいた野球小僧でした。プロ野球選手を目指しましたがかなわず、最初に就職したのは航空会社。27歳の時に千葉ロッテマリーンズの球団職員に転職して、18年ほど勤めた後、8年前にここ太海(ふとみ)へ移住しました。

――出身地ではないこの場所へ移住しようと思ったきっかけは何でしょうか?
きっかけは、千葉ロッテマリーンズの球団職員として秋季キャンプ地の鴨川を訪れたことです。鴨川市の関係者の方がとてもあたたかく迎え入れてくれて、鴨川が大好きになりました。そんな中で、鴨川市の太海を紹介してもらった時に、この場所に一目ぼれしてしまったんです。
鴨川市の太海
僕は昔から「海辺に住みたい」と思っていて、仕事の出張先ではいつも海辺の町を訪れていました。理想の住みたい場所を探していたんです。この時出会った太海のロケーションは、僕が住みたいと夢みていたロケーションそのまま。それに、さびれた漁村ではあるもののポテンシャルを秘めていて、ワクワクする場所だと感じました。そこですぐに空き家を探して、賃貸契約を即決。廃墟みたいな物件でしたけど(笑)。

3年ほどはその家をリノベーションしながら、千葉の幕張と太海の二拠点生活を送っていたのですが、最後の方はほぼ毎日太海に通うようになっていて。ずっとここにいたいという想いが強くなり、球団職員を辞めて移住を決断しました。

ロケーションを活かしたカフェをオープン

浜茶屋 太海
――カフェをひらこうと思ったきっかけを教えてください。
移住後に、もっとたくさんの人に太海を知ってもらいたい、遊びに来てもらいたいと思って、それならカフェをやろう!と。

二拠点生活のころ、自宅近くに友人と集まるために借りていた家があったのですが、カフェをやるならここだ!とすぐに決めました。防風林も大きな道路もなく、小さな道一本を挟んだ向こう側は海。この場所からの眺めは、時間の流れや価値観を変えてくれるものです。

――不安はなかったのでしょうか?
飲食業は経験もなく初めてでしたが、不安よりも「太海のよさを知ってもらいたい」という想いの方が強かったですね。友人や知人をたくさん招きましたが、みんな太海の魅力を感じてくれていましたし、それが大きな自信にもなりました。

地域に人を呼び込みたい!『房州鴨川名物おさしみ唐あげ』を開発

浜茶屋太海にて高瀬智弘さん
――カフェをオープンした後は、どのような活動をされたんですか?
「ここだけで食べられる名物があれば、太海を訪れる人も増えるはず」という考えから、オリジナル商品の開発に乗り出しました。地元のものを使いたいと思って、最初に開発したのが『太海節丼』。近くに、東京の有名そば店にも卸している老舗のかつお節店があるんです。そこのかつお節を使った丼だったんですが、インパクトがうすくて……。

次に、海辺の町らしく魚を使った名物を模索しました。誰でも簡単に作れるおいしいもの、と考えた末に出てきたのが「唐あげ」でした。地元の人から「獲れたての魚を唐あげにするとおいしい」と聞いたのがきっかけです。普通、新鮮な獲れたての魚って、刺身で食べるじゃないですか。それをあえて揚げるなんて、すごくぜいたくでインパクトがあるなと。

そこで、新鮮な魚の唐あげを『房州鴨川名物 おさしみ唐あげ』とネーミングし、調理の試行錯誤がはじまりました。唐あげ粉や油の温度、魚の切り方などいろんな組み合わせを試しましたね。

最初はなかなかイメージ通りにはいかなかったですが、半年くらい経って、納得できる味が完成し、地元鴨川の食のイベントへ初出店。その初出店で、商品がものすごく売れたんです。観光客の多いイベントだったんですが、おかげさまで完売。これなら、『房州鴨川名物 おさしみ唐あげ』を食べに太海に人が来てくれると思いました。

球団も地域も、ファン作りが大切


――商品作りに成功したわけですが、成功した秘訣は何だと思いますか?
もともと球団職員時代に地域振興マネージャーという球団のファンを増やす仕事をしていて、「考えて、立ち上げて、プランディングする」というスキルを磨いてきました。地域も球団と一緒で、ファンを獲得することが大切。地域のファンを増やすためにどうするかを考えてできたことだと思います。

2018年には50近いイベントに出店して15000食を売り上げ、知名度アップに努めました。その実績も認められて、同じ年に「第10回からあげグランプリ」の素材バラエティ部門で金賞を受賞しました。唐あげを開発しはじめてからずっと狙っていた賞だったので嬉しかったですね。この受賞をきっかけに、もっと認知度を上げて、からあげグランプリのスポンサーとタイアップできたらいいなと思っています。

――『房州鴨川名物 おさしみ唐あげ』の他にもしかけている企画もあるんですよね?
『サンキュービーチ』ですね。ネーミングは僕が勝手につけただけなんですが(笑)。カフェの目の前に広がるビーチは、太海海水浴場といって夏には海水浴場としてオープンするんです。海の家が数年前になくなってしまったので、その代わりにカフェを利用してもらえたらと思って。波の穏やかなここのビーチにぴったりのSUP(スタンドアップパドル)やシーカヤックのレンタルもやっています。
高瀬智弘さんとSUP(スタンドアップパドル)
また、去年の夏にはじめたのが、個室型海の家。骨組みを布で覆った小さな空間をビーチに作りました。VIPルームのようなプライベート空間になるのが好評で、日焼けしたくない女性にも喜んでもらえましたね。カフェメニューの出前もやりました。千葉の海水浴場はそれぞれ魅力的なので、差別化できることをやって太海を選んで来てもらえるようにしたいですね。

後悔なく「楽しかったな」と思える人生が理想

――地域に人を呼び込むためにバイタリティ豊かに活動されていますが、その原動力は何でしょうか?
高瀬智弘さん
僕は、「人生楽しかったな」と思って死にたいと思っているんです。後悔がないように。人生最後の時に後悔があったらくやしいじゃないですか。だから、やりたいと思ったことをやる。憧れていたプロ野球業界を辞めたことも「楽しかったな」と振り返ることはあっても、辞めなければよかったと思うことはありませんね。

それから、僕の「海辺に住みたい」という夢をかなえさせてくれた鴨川への恩返しの気持ちも大きいです。今の活動も応援してもらっていますし、鴨川にプラスになることができればと思っています。

――では最後に、田舎で第二の人生を歩みはじめたいと考えている人へメッセージをお願いします。

僕がこうやって移住したりカフェをはじめたりすることに対して、周囲からよく「勇気があるね」といわれます。僕にとってはそれは逆で、「やりたいことをやらない」選択をする方が勇気が必要だと思うんです。後悔することになるんじゃないかと。

悩んだり迷ったりしている人は、「人生楽しかったな」と後悔なく終わるためにはどうしたらいいのか、を考えてみたらいいんじゃないかな?と思います。

(取材・文 フジイミツコ)

高瀬智弘(タカセ トモヒロ)
1969年三重県生まれ。
株式会社Mr.ソテツ代表取締役。
千葉県鴨川市太海で『浜茶屋 太海』を経営し、『房州鴨川名物 おさしみ唐あげ』を開発するなど、太海の地域活性化にも貢献している。
WEBサイト:http://hamachaya-futomi.com/
FBページ:https://www.facebook.com/hamajayafutomi/