転職ノウハウ

大阪からUターンし福井の呉服屋若旦那へ! 着物と地元、守りながら発展させる若旦那の挑戦

着物はコミュニケーションツール。若旦那流、伝統の魅力と地元の魅力の伝え方
日本が世界に誇る伝統文化の一つ、着物。しかし、着物離れが進む現代では、着物を着る機会がほとんどないという人も多いでしょう。今回は、創業100年を超える老舗呉服店の若旦那として「着物を楽しむこと」を発信している酒井康輔さんに、都会からUターンして呉服屋を継いだからこそできる、着物の魅力と地元の魅力を伝える方法について伺いました。

着物は人と人の距離を縮めるコミュニケーションツール

呉服のさか井(現・きもの もたはん)
――まずは経歴について簡単に教えてください。

呉服屋の長男として福井で育ち、大学で初めて県外へ出ました。大学卒業後は大阪の呉服屋に就職して3年間働いた後、25歳のときに地元に帰ってきました。現在は、実家の呉服屋の4代目として働いています。

――昔から呉服屋を継ぐことに積極的でしたか?

学生時代は、呉服屋を継ごうとは思っていませんでした。3代目である父からも「継いでほしい」といわれたことはありませんでしたし、むしろ公務員を勧められていたほどです。

大学では経済学部で法律を学んでいたため、僕自身は学んだことを活かせる銀行に就職しようと考えて、実際に銀行から内定もいただいていました。ただ、自分が呉服屋の長男ということもあり、実家の呉服屋はこれからも残したいという思いは心のどこかで持っていました。

そんなとき、実家の呉服店で、昔からの取引先の方から「呉服屋さんは、もちろん着物を売るのが仕事だけれど、一番はお客さんと話をすること」という話を聞きました。呉服屋の接客って、2~3時間続くことも珍しくなく、その間ずーっと世間話をしていたりするんです。それが商売につながることもあるし、つながらないこともあるけれど、お客さんと楽しい話をして一緒に笑い合うことが呉服屋の仕事なんだよ、ということをその方が教えてくれて。それを聞いたときに、「こんなことが仕事になるなんて、なかなかない」「呉服屋ってなんだかおもしろそうだな」と思ったんです。

自分は呉服屋で育ったけれど、それまで着物のことを教わることはなかったし、呉服屋の仕事がどのようなものかも知りませんでした。それで、「呉服屋の仕事ってどんな感じなんだろう?」ということが知りたくて、就活サイトで呉服屋を検索していたら、日本一の呉服屋さんを見つけたんです。そして、その会社を受けたら内定をいただいたので、呉服業界で働き始めました。

――銀行に内定が決まっていたけれど、呉服業界を選んだのですね。

就活をしていると、人事担当者や若手の社員の方と話したりする機会がありますが、銀行と呉服屋、それぞれの人を見ていて、呉服屋さんの方が人間的な魅力があると感じました。それは、きっと接客業をしているからということもあるのでしょう。「一緒に仕事をしたい」と思える人たちがいるのが呉服屋だったため、銀行に内定が決まっていましたが呉服業界に進むことを決めました。また、呉服業界で働くことで、僕自身もコミュニケーション力を高めたいと思いました。

大阪の呉服屋で実際に働いてみてわかったのは、着物を着たいと思っている人は想像以上にたくさんいるということ。しかも、大阪には普段着として着物を着る人も多く、「これなら、この先何十年と自分の仕事としてやっていけそう。楽しそうだ」と感じました。

――酒井さんが思う「着物の魅力」とは?

僕は、着物とは「コミュニケーションツール」だと思っています。普段から着物を着て出かけることがあるんですが、歩いていると知らない人に声をかけられる場面も多いです。それは、僕が着物を着ているから。
人が誰かと仲良くなろうとするときには、相手との共通点を探すものです。着物は日本の伝統的な衣類だから、日本人としての共通点なんですよね。だからこそ、着物を着ているだけで人との距離がグッと縮まる。それが着物の最大の魅力だと思います。

田舎には田舎の良さがある。もっと地元の良さを知ってもらいたい

着物と小物
――都会からUターンしたからこそできることやわかることはありますか?

都会は人が多く、刺激もたくさんもらえるというメリットがあるのですが、何をしても埋もれてしまうことが多いです。例えば、着物で歩いていても、都会だとあまり声をかけられることはありません。一方、地元の福井は田舎なので、人が少なく一人一人が目立ちやすい。着物を着て歩いているのをちゃんと見てもらえるんです。そして、「着物を着ている人が福井にいるんだ」ということが認識され、声をかけていただけたり、「自分も着物を着てみたい」と思った方が着方教室に来られたりすることもあります。

都会は多くの人と関われる反面、人の出入りも多いですし、一人一人との付き合いは浅くなりやすいです。しかも、大阪の会社には転勤があったため、どうしてもお客様との付き合いも短期的になりがちでした。田舎の良いところは、人と長く、太くつながることができるということだと思います。自分は、お客様とは長い付き合いをしていきたいので、それができるのは田舎の呉服屋だからこその特権だと思っています。

――田舎には田舎の良さがあるんですね。

そうですね。田舎には田舎の、福井には福井の良いところがある。僕は、地元にUターンしてから福井の「まちづくり」にも参加しています。その中で、福井の人の魅力を発信する本『福井人』の発行にも関わったのですが、そこで福井には世界に誇れる人や産業がたくさんあるということを再発見しました。
なのに、福井の人は自信がない人が多いんです。よく「福井なんて…」とかいう人がいますが、福井はいろんな国や地域に対して貢献していることがたくさんあるということを知ってほしいですね。

日常的なコミュニケーションがより良いチームワークをつくる

きもの もたはん家族経営
――ご家族でお店を経営されていますが、それぞれの役割などは決まっているのですか?

呉服屋には小物から振袖、カジュアルな着物まで、扱っている商品がたくさんありますし、お客様が店に求めるものもさまざまです。うちは家族4人で店をやっているのですが、それぞれ得意分野があります。例えば、社長(父)はフォーマルな場で着る訪問着が得意ですし、僕は浴衣やカジュアルな着物に関する接客が得意。着方教室は母、着付けは妻、とそれぞれがプロフェッショナル。みんながオールラウンドにやっていくのではなく、接客などをその分野のプロフェッショナルが行うというように、役割分担をしています。そして、それぞれの「プロフェッショナル」が接客している場面を見ながら、お互いに接客を学び合っています。

――抜群のチームワークですね。意見がぶつかったりすることはありませんか?

もちろん意見がぶつかることもあります。例えば店の経営方針について。僕は新しいことをやっていきたいと思うけれど、社長には守り続けたいものもある。そんなとき、その思いを胸に秘めたままにしていても、お互いの考えは平行線で店は良い方向に向かっていきません。もう一歩進化するためには、お互いの意見をぶつけ合うことが大切だと思います。

――チームワークを良くするために取り組んでいることはありますか?

チームワークを高めるために一番大切なのは、コミュニケーション。うちでは、週に一度は朝礼を行い、お互いの考えを共有するようにしていますし、普段から会話する時間を多くつくるようにしています。
会話というのは、だたの「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」だけではありません。業務連絡以外の日常的な会話こそが重要です。これは、どんな業界にもあてはまることでしょう。会話をし、お互いの考えや相手の得意分野を知ることができれば、仕事がスムーズに進むようになります。会社やチームをより良くしていくためには、コミュニケーションをしっかりとって、各々が思っていることを共有することが大切だと思います。

「価値観を覆す発見」が相手の心を掴む

きもの もたはん若旦那の酒井さん
――酒井さんと同じように「自分の商品の良さを知ってもらいたい」と思って働いている人で、なかなか上手くいっていない人もいると思います。酒井さんが、着物の良さを知らない人の心を掴んだエピソードを教えていただきたいです。

以前、うちに「腰紐(着物を着るときに使う紐)」を買いに来られたお客様がいました。そのお客様はもともと着物に興味があったわけではなく、結婚式で着物を着るのに腰紐が1本足りないということで来られたとのことです。腰紐というと、白や薄いピンクで無地のものが一般的。ですが、実はかわいい柄や刺繍のついた腰紐もあるんです。そのお客様はうちの店で柄付きの腰紐を見つけて「こんなにかわいいのもあるんだ!着物ってなんだかおもしろそう」と思ってくださり、お母様の着物を持って着方教室に来てくれるようになりました。

このように、着物そのものではなく、着物に関するアイテムから興味を持ってくださるという方も意外と多いんですよ。最近だと、店で着物の帯留めをつくるワークショップを行いました。参加した人たちの中には着物を着ない人も多かったのですが、ワークショップを通して「これも着物のアイテムなんだ」と知り、興味をもってもらうことができました。
意外と、僕らが「着物を着ましょう」と宣伝するより、着物に関するおもしろそうなことを提案し、新しい発見をしてもらう方が、相手の心を掴むきっかけになっていると思います。

――新しい一面を知ってもらうことが相手の心を掴むポイントなのですね。

人には固定概念というものがあります。特に、着物に対しては固いイメージを持っている人も多いでしょう。そんなときに、着物の新たな一面を教えてあげることで、その人の価値観が覆る。価値観が覆ると、これまでは興味のなかったものにも興味がわいてくる。商品提案を通してみんなが抱えている価値観を覆し、着物に興味がないという人にも着物の楽しさを知ってもらえればと思います。

着物をもっと身近に。呉服屋や着物に対するイメージを改革

呉服のさか井(現・きもの もたはん)
――酒井さんが「若旦那」になってから始めたことを教えてください。

まずは、店名を変えました。以前は「呉服のさか井」という店名だったのですが、福井に帰ってきたばかりの頃に受けた近所の方からの電話で、「もたはんけぇの(もたはんですか)?」っていわれたんです。それを聞いて、「まだ“もたはん”って呼んでくれている人がいるんだ」と感動してしまって。実は“もたはん”というのは、古くからのうちの屋号。田舎では家ごとに屋号があって、その屋号で呼び合う文化がいまだに残っているんです。その“もたはん”という愛着のある響きが僕はすごく好きだったので、呼んでくれる人がいるうちに店名にしたいと思い、現在の「きもの もたはん」に改称しました。うちの店は地域密着型の店なので、地域の人にこそ親しみを持って「もたはん」と呼んでもらえる店になりたいと思っています。

また、そのタイミングで店の改装も行いました。呉服屋というと、敷居が高く入りづらいというイメージを持っている人も多いでしょう。僕は、そのイメージをなくしたいと思いました。もっと中が見えて入りやすい店にしたい。それで、現在のようなモダンで呉服屋っぽくない店に改装しました。最近では、店内で落語会などのイベントを開催することもあり、誰でも気軽に店に来ていただけるきっかけになればと思っています。

それから、オリジナルの着物をつくりはじめました。実は、福井のある北陸は繊維王国。「まちづくり」に参加したことで、地元には素晴らしい繊維メーカーがたくさんあることを知ったので、地元でつくった生地で着物をつくり、それを福井の人に着てもらいたいと思うようになったんです。地元にも魅力的なものがあるということを知って、もっと福井の人が地元に誇りを持ってほしい。それで、北陸地方の繊維メーカーと協力して、オリジナルの「レース着物」をつくっています。
レース着物

――若い人にも着物に親しんでもらえるように工夫していることや努力していることはありますか?

ブログを通じて「着物は親しみやすいもの」ということを発信しています。どういうときに着物を着るか、着物の着方、着物を着て行くのにおすすめなスポットなどを紹介しています。
以前は、結婚式などフォーマルな場で着る着物を探しているお客さんが多かったのですが、このブログを始めたことで、「普段用の着物が欲しい」「着物を着て楽しみたい」というお客さんが増えるなど、お客さんの層に変化があり、嬉しく思っています。

他には、着物を着てみんなで飲みに行くというような、着物で出かけるイベントを企画したりもしました。「着物を持っているけれどいつ着て良いかわからない」という人も意外といるのですが、そのイベントがきっかけでそういった人たちも着物を着て出かけてくれるようになりました。花火大会など、浴衣を着るイベントはけっこうありますが、着物となると着る機会があまりないと思う方も多いもの。着物を着るイベントはこれからも行っていきたいですね。

――今後はどんなことに注力していきたいと考えていますか?

今後は、地元のものでつくる着物をもっと増やしていきたいと思っていますし、それに関わっている地元のメーカーさんのことももっと知ってもらいたいと考えています。着物を通して、福井の素晴らしい産業を発信していきたい。また、それをきっかけとして、福井でも着物を着る人が増えたらと思っています。

(取材・文:imarina)

プロフィール
酒井康輔(サカイ コウスケ)
1986年福井県福井市生まれ。
富山大学経済学部卒業後、大手呉服店に就職し、大阪で3年間勤務する。
その後、地元にUターン。実家の呉服店「呉服のさか井(現・きもの もたはん)」の4代目となり、福井の人々に着物の魅力を伝えるために奔走している。
店舗ホームページ:https://motahan.jp/
店主ブログ:http://motahan.blog.jp/