転職ノウハウ

ブラジルで生まれ、着物文化の再生を目指すフリーランス和服デザイナー! 「誰のせいにもしないなら、好きな道を選んで良い」

好きなことを仕事にする覚悟とは?アパレル生産管理の事例から

アパレル会社で10年以上にわたって生産管理などの経験を積んだのち、フリーランスとなった座波ケニア(ザハ ケニア)さん。業界で培った豊富なキャリアをもとにTwitter上で投稿した「#アパレル生産管理死亡かるた」が話題となり、一躍時の人になりました。アーティスト衣装制作やサンプル縫製のほか、講演活動など多方面で活躍する一方、2019年6月には自身のブランド「ケニアマリリア(keniamarilia)」を立ち上げ、業界の注目を集めています。ブラジル人という立場から新しい和服のスタンダード作りを目指す彼女が考える、自分らしい働き方とは?

着物文化を存続させたい。オリジナルブランド「ケニアマリリア」が目指すもの

着物文化を存続させたい。オリジナルブランド「ケニアマリリア」が目指すもの

――まずは立ち上げられたブランド「ケニアマリリア(keniamarilia)」について教えてください。

「ケニアマリリア」のブランドコンセプトは、「新しい和服のスタンダードを作る」こと。現代の日本では、着物を着るシーンが限定的で、日常のなかで気軽に着ることは難しいのが現状です。着物の需要が減少すると生産量も減り、産業はどんどん衰退してしまいます。しかし機屋(はたや)や生地屋さんといった「原材料を製造する業種」さえ存続できれば、着物文化が発展する余地はあると考えていて。まずは着物の生地を使った洋服を作って、新しい需要を生み出したいという気持ちが、「ケニアマリリア」の背景にあります。

これまでも着物を解いて洋服に仕立てる作風はありましたが、手持ちの洋服と合わせにくいし、着こなすのが難しく……。必ずしも現代のスタイルに適応するものではなかったんです。そこで、着物のなかでも普段着として位置づけられる「小紋」と呼ばれる着物を使いたいと思っています。

模様に上下がなく、全体に模様が描かれている総柄のものは、無地のTシャツなどベーシックなカジュアルアイテムと合わせやすいのが特徴です。クローゼットのなかにすんなり入っていけるような、自然な服作りができたらと考えています。

着物を使って制作した洋服

提供:ケニアマリリア(keniamarilia)
――着物を使って洋服を作るうえで、気をつけている点はありますか?

洋服の仕立てでは、一般的に幅が1mから1.5mある生地を自由に裁断しますが、着物の場合は、幅34cm〜37cmほどの反物を使用します。着物をいったん解いて再び洋服として組み直すという工程があるのですが、生地を余すところなく使って洋服に仕上げたいと考えているので、緻密な設計が必要です。着物の作りを理解したくて、専門家に聞いたり関連する本を読み漁ったりしましたが、流派によって教えが異なることも多く、今も勉強中です。

着物といえば正絹を思い浮かべる方が多いと思います。シルクは取り扱いが難しいイメージがありますが、市販されている中性洗剤を使って洗濯しても風合いが損なわれないような工程を踏むことで、自宅で管理できるよう「お手入れのハードルを下げる」。それが「ケニアマリリア」のこだわりの一つです。

着物文化を救うことが、この国と日本の方への恩返し

着物文化を救うことが、この国と日本の方への恩返し

――幼い頃から洋服作りに興味を持たれていたのでしょうか?

私はブラジルのサンパウロで生まれで、4歳のときに来日しました。当時はインターナショナルスクールもそれほど多くありませんでしたし、日本で暮らしていくためには「しっかりと日本語を身につけるほうが良い」と両親が英断してくれたおかげで、普通の学校に入学しました。

幼少期から洋服作りに興味があり、小学校の低学年くらいで人形の洋服を作っていたのを覚えています。高学年になると、拙いながらも自分のための洋服を作り、着用して登校していました。

提供:ケニアマリリア(keniamarilia)
 

――着物に関心を持つようになったきっかけはどのようなものでしたか?

高校生の頃からアパレル業界に関心を持ちはじめ、やがてブランドを立ち上げたいと思うようになりました。着物生地を使いたいという気持ちが芽生えたのもその頃で、発端となったのは、私をここまで育ててくれた日本の方々に対して、何か恩返しをしたいという気持ちでした。

社会人になって、着物への情熱はますます強くなりました。最初に就職した会社をやめたとき、日本精神を世界に発信するというコンセプトのもと、世界中でライブ活動している「ヘブニーズ(HEAVENESE)」から、ステージ衣装をやってみないかと声をかけていただいたんです。そのとき、着物を使った衣装作りに参加したのがきっかけで、着物に触れる機会が増えるようになりました。

日本には現在、数十兆円分の着物が眠っているといわれています。海外公演が好評を博し、着物が世界で愛されているのを肌で実感するたび、国内では着物文化が忘れられつつあることへのもどかしさが募り、何とかして現代に呼び戻したいという気持ちが大きくなっていきました。

ブランドを立ち上げても成功するとは限りませんし、「好きだから」という理由だけで進む道を決めてしまうことに対する不安もありました。着物文化が失われてしまうことへの強い危機感、そして「他国の文化に属するもの」を私が取り扱っていいのだろうかという葛藤や悩み。それらを差し引きしても、「好き」のほうが勝るんですよね。

誰のせいにもしなければ、好きな道を選んで良い

誰のせいにもしなければ、好きな道を選んで良い

――これまでの人生に転機があったとすれば、それはいつどのようなものだったでしょうか?

将来役に立つ専門知識を身につけておきたくて高校は商業科を志しました。倍率が高く合格できるかどうか不安でしたが、万が一、受験に失敗しても縫製教室に通えば手に職をつけれられると前向きに考えていて。普通科へ進もうという発想はありませんでした。

『耳をすませば』という映画のなかで、主人公の父親が主人公に向かって「人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ。何が起きても、誰のせいにもできないからね」というセリフがあるんです。ちょうど普通とは違う道を選ぶことに不安があった時期にその言葉を聞いて、誰のせいにもしなければ、好きな道を選んで良いのかと、逆に救われた気持ちになったのを覚えています。

同じ頃、父親に進路を相談したときにも同じことをいってもらえて、すっかり迷いがなくなりました。結果的に無事合格し、「道を用意してもらえた、これで良かった」と思えたことが、その後の人生にとって転機となったといえるかもしれません。

高校卒業後は専門学校へ進学しました。専門学校は土俵に上がるためのステップだと思っていたので、3年も4年も通う気はさらさらなくて(笑)。2年で卒業できる学校を迷わず選びました。

――フリーランスの道を選ばれたのはどうしてですか?

私の場合、ブランドを立ち上げるには将来的にそのほうが有利だと考えたからで、なりたくてフリーランスになったわけではありません。会社勤めしていた頃は終電で帰宅するのが当たり前でしたから、この会社で働きながら自身のブランドを同時進行させることは難しいという判断です。

いったん仕事をやめたあとで再就職したのも、フリーランスで衣装制作の仕事を経験したことで、ブランドの運営に生産管理の知識が欠かせないと感じたから。戦略的に生産管理のポジションにつける会社に入って4年半、みっちりノウハウを叩き込んでもらいました。

もともと、入社時に自分で就労期間のリミットを3年から4年と定め、それまでに吸収できることはすべて吸収し、人脈も築いて仕事や業界の状況をすべて把握するという目標を設定していました。目標が達成できたと思えた時点で、ここから先は自分のブランドに力を注ぎたいという明確な理由のもとで会社をやめたわけです。

高校や専門学校、就職もフリーランスになることもすべて、私にとっては「ブランドを立ち上げる」という目標を達成するための手段でした。目標達成のために、欲しいものが欲しい、知りたいことが知りたいという具合に、私が進む道を決める理由はとてもシンプルです。節目節目で与えられたカードのなかから、一番有効だと思えるものを選んできた結果、今があると思っています。

徹底的に自分を客観視してみる

徹底的に自分を客観視してみる

――仕事で壁にぶつかっている方にメッセージをいただけますか?

生産管理の仕事していたころは、私もしょっちゅう壁にぶつかっていて……「やめてやる!」といつも口にしていました(笑)。今思えば、自分の思いが強すぎたのかもしれません。でも、目前の仕事をこなして成果をあげることが自分に与えられた役目だと考えるように心がけてからは、そう簡単には投げ出せないと思うようになりました。

壁にぶつかるなら、その理由をきちんと整理してみるのも良いかもしれません。そのうえで、転職したり、フリーランスになったりするのもカードとしてありだと思います。ただ、「現在の会社が何となく嫌だから」「フリーランスになったほうが快適なのでは」といった感情的な理由で行動するのはおすすめできません。自分の適性を冷静に客観視したり、行動の先にある犠牲のことまできちんと想像したりして、選択に責任が持てるまで考え抜くことが大切だと思います。

――自分を客観視するにはどうしたら良いでしょうか?

人に聞くのが良いと思います。自分のこととなると、なかなか想像の範疇を越えられないものです。「やりたい」と思える仕事を実際にしている方など、その道で生きている方に相談してみてください。ただ、話を聞くからには、いわれたことを100%聞き入れるぐらいの覚悟でいくことが大切です。そして、いわれた通りに実践してみること。私の場合、それを繰り返すことで、自分を客観視する技術が自然に磨かれていったように思います。

さいごに

「着物のような素晴らしい文化を日本の方々が積極的に持ち上げないことは、とてももったいないこと」と温和な笑顔で話す座波さん。伝統的な素材に新しい風を吹き込み、どんな宝物を生み出してくれるのか、日本とブラジルの長い友好関係の結晶ともいうべき彼女のブランドから目が離せません。

(取材・文・撮影:鈴木 一禾)

プロフィール
座波 ケニア(ザハ ケニア)
専門学校を卒業後、生産管理やパターン作成など、10年以上にわたってアパレル会社で経験を積んだのち、フリーランスとなる。2019年、Twitter上で展開した「#アパレル生産管理死亡かるた」が業界関係者のあいだで話題に。同年6月には、自身のブランド「ケニアマリリア」を立ち上げた。アーティスト衣装制作やサンプル縫製、講演活動なども手がける。ブラジル、サンパウロ出身。
twitter:@kekekeity