転職ノウハウ

立ち止まった場所がスタート地点。映画監督、長久 允さんにとって自分らしい働き方とは

立ち止まった場所がスタート地点。映画監督、長久 允さんにとって自分らしい働き方とは

CMプランナーとして大手広告会社 電通に勤務するかたわら、10日間の有給休暇をとって撮影した映画『そうして私たちはプールに金魚を、』がアメリカのサンダンス映画祭の短編部門で日本人初のグランプリを獲得した長久 允(ナガヒサ マコト)監督。2019年に公開された初の長編作品『WE ARE LITTLE ZOMBIES』も同映画祭にて日本映画として初めて審査員特別賞のオリジナリティ賞を受賞するなど、高い評価を受けています。映画監督であり会社員でもある長久さんに、組織の一員として自分らしく働くヒントについて伺いました。

映画監督を本業に。現在は会社員生活と育児とを両立させながら

映画監督を本業に。現在は会社員生活と育児とを両立させながら

――『そうして私たちはプールに金魚を、』『WE ARE LITTLE ZOMBIES』の2作品が高い評価を得て、忙しい日々を送られているのでは?

会社から休みをもらって短編映画を作ったのが2年前。当時は仕事とはまったく関係がなく、趣味でやっていました。『そうして私たちはプールに金魚を、』で賞をいただいたことがきかっけで、映画監督として所属させてほしいと会社と交渉し、今は会社に勤務しながら本業として映画を撮っています。

最近はいつも夕方ごろには帰宅して、今はほとんどストレスのない毎日を送らせてもらっています。まだ小さい子供とご飯を食べたりお風呂に入ったり…。そのぶん仕事の時間は限られているので、仕事中はぎゅうぎゅうですね。

――現在はどんなお仕事に取り組まれていますか?

海外でも好評価をいただけたおかげで、国内だけでなく海外のスタッフともいくつか並行してプロジェクトを進めています。日本と違って海外は製作スケジュールのスパンが長いので、世に出せるのは来年以降になりそうですね。日本でも長編の話が進んでいて、今は映画製作のためのお金集めをしているところです。

僕の場合は「オリジナル作品を作りたい」という思いが強いんですが、今はオリジナル作品に簡単にはお金を投下してもらえなくて…。お金集めを誰かに任せて、自分は制作に専念しようとしても難しい。そうすると、資金を回収しやすい原作ものの企画を受注して、それを映像化する仕事になっちゃうんですけど、僕は物語自体を自分で作りたいので、お金集めも含め戦略的に考えて自分で動かないといけないんです。

――営業職に就いていたご経験もあるそうですね。

もともとCMプランナーとしてではなく、営業として採用されました。僕としては得意な仕事じゃなかったし、あまりやりたくはなかった。(笑)

でも、そこを経験したおかげで、CMを作るためのお金がどう発生してどう流れていくかを知ることができました。普通に映像を作るだけではできない経験ができたという点では、営業をしていて良かったなと思います。

違和感を感じながらも日々の業務に全力で専念

違和感を感じながらも日々の業務に全力で専念

――ユニークなヘアスタイルや装いは、映画を撮るようになる前から?

入社したときは坊主頭にしてましたね。今は会社でも半ズボンやサンダルで作業するんですけど、真面目に働いて仕事もしっかりこなしているので問題ないですよね、ってことで。

三つ編みはシンプルに好き。男子がやっても構わないと思っているので、そのあたりのことも伝わればなと。本来はすごく真面目なタイプの人間なんですけど、ユニークなスタイルにすることで「主人公じゃなくてサブキャラっぽくなれる」というか。

たとえば、ウルトラマンじゃなくて怪獣を好きになったり、仮面ライダーもサブの変わったやつを好きになったり。そういうサブキャラ的存在が好きで、なりたいなっていう思いのあらわれかもしれませんね。

――大企業ではそういう方が少ないような印象がありますが?

大多数ではないかもしれないですね。僕が作るべきだと思っている作品も、たとえばクラスに30人いたら29人には向いていなかったりするんですよ。多くの方に受けやすいのは、デートや部活帰りにいきやすい恋愛映画や、ヒーロー映画。うちの会社にいるのは基本的にそうした作品が得意な人たちだから、僕はどこか思想的に浮いているところがあるとは思っています。

――仕事をなさっていて違和感を感じたことはありませんでしたか?

伝えたいメッセージがあるのに、それが伝えられないことが理由で、仕事がつらくて辞めたいと思った時期もありました。たとえば、映像技術を駆使して「商品の良さ」、たとえばコーヒーの美味しさを伝えるのが広告。そういった作品は、どこまで掘り下げたとしても核に“自分”がないんですよね。コーヒーの美味しさを伝えたいわけじゃない、ということに気がついて、広告のあり方に違和感を感じるようになってしまったんです。

物書きでいえば「文学が書きたいけど翻訳の仕事しかない」という感じでしょうか。つらいと感じていることに気づきながらも、辞めるほどじゃないと思っていたし、いただけた仕事には全力で取り組んでいました。それを何年もやり続けているうちに、ちょっと疲れてしまったんですね。

表現の手段は、問わない。そこに伝えたいことがあるのかが最重要

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――立ち止まってみようと思われたのはどうしてですか?

4年ほど前、心も体も参ってしまっていた時期のことでした。NATURE DANGER GANG(ネイチャーデンジャーギャング)という気になっていたバンドのライブにいってみたら、自分が正しいと思うことをフルパワーで表現されているように感じたんです。そのバンドはメジャーでもないし、そんなに稼いでいるわけでもないんだけど、すごくキラキラして見えて。

生きる意味は、そうやって自分の表現を信じて、エネルギーを瞬間的に注ぎ込むという一点のみにあるんじゃないかと思ったんです。僕が作りたいもの、作るべきだと思うものを変えることはできないので、それがメジャーにならなくても、売れなかったとしてもやるべきだなと。そこで一度立ち止まった結果、映画を作りたいと強く思うようになったわけです。

僕のような人間がこうして所属し続けられているわけですから、会社にはとても感謝しています。もちろん、社員みんなが生きてくために稼ぐことは大切です。でも、社員がやりたいと思うことに対しては「じゃあやってみれば」っていうのが基本的なスタンス。個人主義というか、社員の背中を押してくれる会社の姿勢には助けられていますね。

――今後はどんな表現を続けていくおつもりですか?

僕は映画という表現技法だけにこだわっているわけではないんです。言葉が好きなので、自分が伝えたいメッセージと言葉さえ残るのなら、あとはその時代に適した方法であれば何でもいいと思っています。

だから表現技法に関してはオープンで、ドラマでも楽曲でも絵本でもいいし、空間設計でもいいんです。言葉を使って価値観を届けられたらいいなっていうことだけですね、ブレないのは。

上昇しなくちゃなんて思わなくていい。“ゾンビ”たちに向けられたメッセージ

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――『WE ARE LITTLE ZOMBIES』では、つらい状況にある子供たちへの力強いメッセージが感じられました。

いじめなどで深刻な状況にあるとき、周りにいる人が何よりの助けになるんですけど、いちばんつらいときって、自分のなかにいるもう一人の自分と対話するのではないかと思うんです。絶望するかしないかを自分との対話のなかでジャッジしながら、生きる道を模索していくというか。

つらい現実をドライな眼差しで見つめて、より客観的にユーモアをもって接したりできれば、最悪の事態を回避できるんじゃないか…。そんなことを感じ取ってもらえればと思って『WE ARE LITTLE ZOMBIES』を作りました。

人間には、善悪も強弱もないんじゃないかと思っていて。いや、仮に弱いとしてもまったく問題ないと心から思っています。弱さをネガティブに捉えるのはもったいない。自己否定や絶望感を否定して、まるごと肯定してあげたいという思いが強いですね。

――「頑張れ」と単に元気づけようとするメッセージでない点にとても共感できます。

夢は叶わないかもしれないし、叶わなくてもいい。未来が明るくなくても、何か幸福感を日常で見つけてなんとか生きていくことができれば、それだけで尊いんじゃないかと思っています。つらかったら引きこもってもいいし、それが楽しいなら家で漫画を読んでいるだけてもゲームしているだけでもいいと。「世のなかはこうあるべき」みたいなものから逃れられればいいと思うから。

上昇しなくてはいけない、経済をもっと発展させなくてはいけないという考え方さえも、社会からの押しつけだと思います。それに対する価値観を、政治的にじゃなく、映画や文学みたいなもので感覚的に提供できればなと。

今の会社で広告を仕事にして経済や広告の仕組みについて考え学んだからこそ、現時点の結論として、「経済発展なんてあまりしなくてもいいのではないか」という考えにたどり着いたのかもしれません。

――仕事につらさを感じている大人の方にも通じるメッセージですね。

僕が仕事でつらいと感じていたのは、伝えたいことが伝えられないというジレンマに対して。組織の一員としてだけでなく、自分自身も納得できるかたちで仕事をアップデートするにはどうしたらいいかを考え続け、戦っていましたね。

もちろん、僕の場合はそうだったというだけで、みんながみんな同じようにやるべきだとは思っていません。無理をし続けることに限界を感じて立ち止まり、映画を撮ったことで道が拓けたわけですから。むしろ僕がみなさんにやっていただきたいのは、休むこと(笑)。そして自分が「つらくない」と感じる道を見つけて歩いてほしいと思います。

(取材・文・撮影:鈴木 一禾)

プロフィール
長久允(ナガヒサ マコト)
1984年、東京都生まれ。大学を卒業後、電通に入社。営業に配属されたのち、転局試験を受けてCMプランナーとなる。短編映画作品『そうして私たちはプールに金魚を、』(2017)がサンダンス国際映画祭の短編部門でグランプリに、長編映画デビュー作となった『WE ARE LITTLE ZOMBIES』(2019)が審査員特別賞(オリジナリティ賞)にそれぞれ輝いた。どちらも日本映画として初の快挙。公式サイト:http://nagahisa.mystrikingly.com/
映画『WE ARE LITTLE ZOMBEIS』公式サイト:https://littlezombies.jp/取材撮影協力:株式会社ロボット