転職ノウハウ

「成長したな」と思ったことは一度もない。壁に命を吹き込む左官職人という生き方

壁に命を吹き込む左官職人という生き方

数ある建築の現場の仕事の中でも、高い技術が必要とされている職業「左官職人」
コテを使って建材を塗り、建築現場の壁に命を吹き込む仕事です。

今回お話を伺うのは、15年間建築現場で働く左官職人・福吉奈津子さん。
どのようにして技術を身につけ、どんなモチベーション持っているのか。
「男社会」のイメージが強い建築現場の中で女性が働くことに、どのような想いがあるのかを伺いました。

様々な場所で活躍する左官職人

壁に命を吹き込む左官職人という生き方

――左官ってどんな仕事でしょうか? 「壁を塗る仕事」くらいのイメージはあるのですが。

大きく言うと、コテという道具を使って建材を塗る専門職が左官ですね。ただ、細かく見ると本当にいろいろな仕事があります。

施工する対象は、住宅、飲食店、ビルなどです。当たり前ですが、全部状況が違います。内壁を塗っているのをイメージされるかもしれませんが、床や外壁を塗ることもありますね。

また、塗ることだけが仕事ではなく、材料の用意や、養生(建材にシートをかけて保護すること)、下地の処理など、周辺の仕事も行います。

壁に命を吹き込む左官職人という生き方

――なんとなく「珪藻土」や「漆喰」などを塗る、和風建築のイメージがありましたが、それだけではなさそうですね。

珪藻土や漆喰などは有名ですね。左官が塗っている材料のことを「左官材」と呼ぶのですが、これには数え切れないくらい種類があります。しかもどんどん新しい左官材が増えています。工務店で独自の左官材を開発することもありますね。

左官材を塗ったものがそのまま仕上がりになることもありますし、クロスやパネルなどの下地を作るために左官材を塗ることもあります。

――福吉さんはどんな仕事をすることが多いのでしょうか?

私が務めている原田左官工業所では飲食店の仕事が多いですね。うちの繁忙期は2~3月。飲食店は4月にオープンすることが多いので、それに間に合わせるためにこの時期が忙しくなります。

左官は建築の仕事の中でも、最後のほうの工程になります。だから他の工程が遅れると、しわ寄せが全部来ちゃいますね。

――十分な工期がないときって、どうするのですか?

まず、職人さんを集めます。ただ、繁忙期は重なるのもので、そううまく職人さんが見つけられないこともあります。そんなときは自分で頑張って間に合わせる。これしかありません。仕事の条件で何よりもうれしいのは、十分な工期があることですね(笑)。

 

回数を重ねたからこそ、仕事が身についていく

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――なるほど……!福吉さんが左官の仕事についたときは、どうやって仕事を覚えたのですか?職人さんだから「仕事は見て覚える」みたいな雰囲気だったのでしょうか?

いまでは「見て覚える」というのは、ちょっと古いと言われていますよね。原田左官工業所にも、きちんとした職人の育成システムがあって、手取り足取り教えてくれます。

ただ、私が入社した当時は違いましたね。入社して4年間は見習い工です。「見習い」という言葉の文字通り、まさしく「見て習う」という世界でした。

――見習いさんはどんな仕事をするのでしょうか?

見習い工は、基本的に「手元」がメインの仕事です。「手元」とは、簡単に言えば職人さんの手伝いのことですね。その手元を通して、職人さんの仕事を見る。

――仕事を「見て覚える」のって、大変なのでは?

見てわかるのは「仕事の一連の手順」くらいで、塗り方については見てもわかりません。

ただ、仮に他人から手取り足取り教えられたとしても、技術を身につけるのはやはり難しいものです。「ここに重心をかけて、このタイミングで手首を返しましょうね」なんて言われても、そんな簡単にはできないじゃないですか。自分で練習して、回数を重ねていくのが結局は一番の近道だと思います。

――4年間の見習い期間を経て、一人前になったときはうれしかったですか?

見習い工の間は職人さんが仕事の指示を出してくれる。ところが、一人前の職人とみなされると今度は自分で考えて仕事をしなくてはいけません。だから一人前になった後のほうが、実は大変です。とはいっても、給料は上がったので、それはうれしかったけれど(笑)。

 

同じ現場はないからこそ、大変なことも楽しめる

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――ストイックに仕事をされているような印象を受けたのですが、左官の仕事の面白いところってなんでしょうか?

いろいろな仕事があるのが面白いところです。案件ごとに、現場も材料も、求められていることも全部違う。左官材を扱うときは、季節や天気も気にしなくてはいけません。だから、常に工夫のしがいがあります。仕事をしていて、まったく飽きないですね。

――大変なのを楽しんでいるわけですね。

現場ではやっぱり忙しいし、なかなか余裕もないです。「楽しいな」なんて思いながら仕事することって、そうそうないのですが、そういう部分はあるかもしれませんね。

左官になる前は、いまとは違う仕事をしていました。それは一日中同じ業務を繰り返すような仕事で、すぐに飽きてしまいましたからね(笑)。

 

「男社会」は先入観。現場では男性も女性も関係ない

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――建築現場はいわゆる「男社会」ですよね。女性が働くのは大変かと想像してしまうのですが、福吉さんはどのように考えていますか?

そういう質問はよくされますね。ただ、原田左官工業所は昔から女性が多くて、男性社員も女性が多い状況に慣れているところがあります。だから「男だから」「女だから」というのは、ほとんどありません。

――ちょっと意外な感じがしました。

たとえば、左官材に使う砂袋を運ぶとします。男性が砂袋をふたつ持てるのに、私はひとつしか持てない。そんなときも「ふたつ持てよ」なんて言われるようなことは当然ありません。私自身も「男性と同じようにふたつ持ってやろう」なんて思うこともない。

――性別関係なく、それぞれの個人が、やれることをやっているというように思えました。

そうですね。女性だからといって困ることもないし、逆に女性だから有利という点もないです。

――素晴らしいと思います。

ただ…。しいて言えば、ひとつだけあるかもしれません。新築ビルのような大規模な現場には仮設トイレを設置するのですが、女子トイレが少ない。たとえば、男子トイレは隔階にあるのに、女子トイレは1階と最上階にしかないといったことがよくあります。これはもう、本当にめんどう(笑)。女性であることを意識するのはそのときくらいです。

 

自分の能力をおごりたくないから、ずっと上を見続ける

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――15年間仕事を続けてきた中で、「職人として成長したな」と思えた瞬間はありますか?

難しいですね。そんな風に思ったことはないし、思ってはいけないのではと思います。

――どういうことでしょう?

私より、ずっと長いキャリアを持っている人、もっと上手な人は、この会社にも業界にもたくさんいます。流行の仕上げもどんどん変わっていくので、柔軟に対応しなければいけません。新しい左官材もどんどん出てくるし、私自身、苦手な左官材もあります。塗った跡がなかなかきれいにならなくて壁を見つめてため息をつくようなこともありますし。一生勉強です。

――ずっと上を見ているイメージですね。

「自分はこれができるようになったから、職人としていっぱしだ」なんて思うことはないですよ。それは自分の中でのおごりにつながりますからね。

そうじゃなきゃ、職人は駄目だと思っています。

<プロフィール>
福吉奈津子(ふくよしなつこ)
地元の公立高校を卒業後、造園業などを経て原田左官工業へ。2017年には東京都の「ものづくリ・匠の技の祭典2017」で「匠なでしこ」として表彰されたことも。二人の子供を育てる母としての顔も持つ。

撮影協力:原田左官工業所

(取材・文/斎藤充博、撮影/白井絢香、編集/鈴木一禾(プレスラボ))